2003.2.4 奄美の島唄
奄美からお願いしてたCDが届いた、’96年に元ちとせが奄美民謡大賞受賞したときの記念盤だ、カセットは昔からあったのだが、どうせならCDがいいよね。
ちとせの出身は同じ町内なので、誰か知り合いいないかなぁ〜っと聴いてみたら、弟の同級生の嫁が、ちとせの姉ちゃんやった。。。

元ちとせ・・・有名になってしまったよね、ワシ的には当初、奄美の島唄の節回しで大丈夫かいなぁ・・・と、いらん心配しておったが、逆にそれが評価されたようで良かったね!

これをきっかけに、若人たちも奄美の島唄を聴いてくれるようになってくれることでしょう。
ワシは奄美の島唄が好きである、有名なところでは大御所「武下和平」はじめの先輩になる「中野律紀」同じ島唄でも唄者によって感じが違ってくるんだよね。

もちろん、車の中でも三線のBGMならいつでも常夏!のんびりできますよ。

奄美の島唄の歌詞も調べてみると面白い、色恋話もあれば、伝説を唄ったもの、ど〜も意味不明の歌詞もあるらしい・・・そこにも歴史を感じることができるのです。

               
  奄美の黒糖焼酎です「音響熟成」と書いてます、島唄で熟成したのだろうか?
2002.1.3 井上陽水
ワシの世代は、拓郎、陽水、かぐや姫、のフォーク全盛時代っても中学の頃だが・・・ステレオを持っている先輩の家に行って、皆でスピーカーの前に、ラジカセ並べて録音したものだ!
もちろん途中で、何故かうぐいすの鳴き声とか入ったりしている(笑)

そういやぁ井上陽水の親父さんはワシの実家町出身で、福岡で歯医者さんやってて、そろそろ田舎に帰ってのんびり開業するって準備をしてる時に、急に亡くなったんだよね・・・

だから陽水の曲の中に実家町のおばさんの名前とか出てくるよ!
小春おばさんもそうやし、貸し本屋もそうだし「人生が二度あれば」は、そのお父さんが亡くなったときに作った曲だったのだ。

だから井上陽水でメジャーになる前には「アンドレカンドレ」って名前で「カンドレマンドレ」って曲でデビューして田舎でもライブしたけど、ぜんぜん売れなくて、その当時サインもらってたはずなんだけど・・・どっかいっちゃった(笑)

しばらくは田舎にお父さんのお墓を置いていたから、毎年お忍びで来てたよ、まっバレバレだから田舎の体育館とかで、突然ライブとかしてくれてたけどね、今は福岡に持って帰られてるから、めったに来なくなったけど、それでも実は・・コソっと来たりしてるんだよね(^^)
2001.6.16 Mrベースマン
楽器屋の前を通った時、何気に小粒なギターを見つけ、飾り物かなぁって、覗きこんだら最近流行っているらしいねぇ〜っチビギター!なかなか良い感じやし,値段も手ごろ!

持ち運びも便利そう♪かぁ〜なぁ〜りぃ買う買うモードになっていたのだが・・・ここで買った日にゃぁ、新PCも、まだ把握してないのに、これにギター練習でもはじめた日にゃあ大変なことになると思って却下(笑)
それに、そうそう!あたいはリズム系やからと自分に言い聞かしながら。。。

高校の時に先輩達と始めたバンドは、キャロルのコピーで始めたんだけど、あまりにもお姉ちゃんの来場が少なくて・・・即日!チューリップに路線変更(笑)

その後、ドラム、ベース、リード、サイド、ピアノまでそろえてチューリップや甲斐バンドのコピーをやってました、そのうち世良に声がそっくりなヴォーカルを迎え、もっぱらツイストだらけになっちまったんだけど・・・楽しかったよ♪

作ろうと思えばオリジナルをつくる力はあったと思うのだが、その当時はアマチュアバンドブームで、レベルが高いのなんのって、とてもじゃないけど、その中に割り入っていく考えは当時のメンバーには無かったなぁ・・・

それどころか、先輩アマバンド「おにやんま」のライブの前座さしてもらって、おこずかいもらって喜んでたくらいだもんね(笑)

高校卒業と同時にベースも手放しちゃって、その後、市内のバンドからも声かけられたけど、当時の仕事は忙しかった(笑)今は、まったく触らずぢゃわ。