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高知県吾川郡春野町



2008年1月1日、高知市編入決定(春野町消滅)


 高知市は、明治22年4月に人口21,823人、面積2.81平方キロメ−トルの小さな市としてスタ−トしました。その後、合併を重ね、平成20年1月に春野町を合わせた「新高知市」が誕生しました。(人口約35万人、面積209.22平方キロメ−トル)



 関ヶ原の戦いの功績により、1601年に山内一豊が土佐藩24万石の藩主として入国し1603年に大高坂山に城を築くと共に城下町を作りました。 大高坂山は土佐の地形から「河内(こうち)山」と改められましたが、土地が低く水害に悩まされました。このため「河内」という文字を嫌い、後の二代藩主 山内忠義の時代において、さらに「高智山」と改めました。これが、現代の高知市の名称の起源となっています。


 昭和31年(1956年)9月30日に吾南7村が合併して生まれた「春野町」(調整施行は、昭和44年)。 51年間、「土佐のデンマ−ク」「水と緑とあじさいの町」として育ってきた春野町が、平成20年(2008年)1月1日、 高知市と合併して「35万人都市、新高知市」としてスタ−トしました。 春野を愛し春野に住む一人として、今の春野を心に刻み、今の春野を忘れないでいようと思います。


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